昭和46年06月27日 朝の御理解



 御神訓 一、「障子一重がままならぬ人の身ぞ。」

 信心させて頂いて此処のところが分らせて頂く為に、信心の稽古が要るのです。障子一重がままならぬ人の身である、と言う自覚の出来るところまで、信心を進めさして貰う。まだ自分であれも出来るこれも出来るという間は、おかげがそれだけ。いうなら自分で出来るなら自分でやって見りゃよかたいと言う事になる。本当に障子一重がままならぬ人の身だとわからせて頂いて、いうならば無条件に神様のおかげを頂かねば立ち行かんのだと、無条件降伏と申しましょうか、神様の前に両手を上げると言う事。
 そこから私はおかげが受けられる。障子一重がままならぬ人の身である。自分ではどうにもすることが出来ない。だからそこにお縋りするより他にない、だからそこに一心が立つのです。まだ自分の才覚とか自分の力というものを信じておる。本当は未だ未だ自分の力やら自分の才覚が出て参りますから、それだけおかげが差し引かれることになる。するとそのままおかげを頂く為に、私どもここんところ成程障子一重がままならぬ人の身と仰る。本当にそうだなぁと。
 障子一重むこうに、例えば災難が来ておっても、それがわからんのが人間です。自分の力その自分の力と、思うておった自分の力が、神様から与えられておったものだとわかる。自分がしておると思うておった事が、させられておったと言う事が分る。自分で生きておると思うておった事が、生きておるのではない、生かされて生きておったのだと分る。そこから一切のことが、願わなければおれんのであり、一切のことが御礼の対象になるわけであります。
 例えばそこまでやらせて頂くのでも、神様やらせて頂きますという縋らねばおられないものが生れてくる。自分で生きておるとならば、自分で死に生きの事でも自由になりそうなものだけれども、それが出来ない。所謂一寸先は闇の世であるという自覚。信心は此処が一番大切なところだと思う。だから一寸先のことを願わなければおられないのである。願うと言う事は、謙虚と言う事、いわゆる実意丁寧である。願うと言う事。どうぞと願うそのことが神様の心に適うと言う事。
 そこで生かされて生きておると言う事がわかる。させられてしておる事が分る。ですから、そこに目が覚めたと言う事だけでも、あぁ今日もおかげでお生かしのおかげを頂いておった。許されて今日も生きておるのだなぁと言う事が分る。本当に今日も許されて生きておる。そこに只生きておると言う事その事が有難うてたまらん。だからそこに例えばよし痛い痒いを感じましても、生きておればこそ痛いと感ずるのである。生きておればこそ痒いと感ずるのである。
 してみると痛いことも痒いことも生きておるしるしなのだから、御礼を申し上げずにはおられんのである。生かされて生きておることを理屈の上で聞きますと、成程自分で生きておるのじゃないと言う事がわかる。いやこの腕は自分で動かしよると思いよるけれども、例えば中風になって手が萎えると箸一つが持てんのだから、只許されて手が動きよったというだけ足が動きよったというだけである。
 私が、私はっきりそこん所わからんじゃった矢張り六、七年位続いたでしょうかね、足が萎えてしまって動かなかった時代があったんです。あの時に自分で自分の力で立てたり歩いたりしておるとならば、お前立ってみたらよいじゃないかといわれたってまあ何にしがみついても立つことすら出来んのだものね。そういうとこ通らせて頂いて初めて、自分で歩きよるとじゃないなぁ、自分で立ちよるとじゃないなぁ許されて、神様のおかげで立ちよるなぁということがわかって来た。
 そういう実感が積もり積もってね生かされて生きておると言う事になってこないとね、本当に目が覚めた時にあー今日も生きておるしるし目覚ましのおかげを頂いたとしての御礼が心から湧いてこない。だから分っている様でもわかっていない証拠に、目が覚めたらあぁ今日も又難儀なことに苦しいことに又働かんならんと言う様な事だけしか、だからまあ十分寝ろ、五分寝ろと言う事になってくる。目が覚めた今日も又生きとった。お生かしのおかげ頂いとった。
 その喜びがもう次には躍動する心になって次の活動に移られる状態が生まれてくる。そこまで時に生かされて生きていると言う事がわかったと言う事ではなかろうか。そこで稽古なのだ。そこまでわかると言う事は、なかなかのこと、簡単な様でわからんけれども、けれども稽古なんである。先生があぁ言わっしゃるけん、本当にそうだなぁと理屈の上ではわかったんだから、心から湧いては来ない。心から出てくる訳じゃないけれども、今日もおお生かしのおかげ頂いて有難うございますと云うこと。
 今日もおかげで手足が動きよります。目が見えておりますと、すべてのことに実感は未だ無いに致しましても、そこん所のお礼が云うなら繰り返しなされていきよる。そのことでおかげを受けておる。そういう姿勢をつくった。障子一重がままならぬ人の身ぞということを本当にわからせて頂いたら、縋らなければ願わなければおられんのである。そして自分の周囲に其の御礼を感謝を捧げなければならない対象がいっぱい在ると言う事。その感動がね、おかげになるのである。
 その感動が人間の幸せになる総てのものが許されるのである。不健康の者は健康になるだろう。経済に恵まれないものは経済の上におかげを受けるであろう。その辺のところが信じられての信心になって行かなければいけない。そこでその手段として、その前に心配する心で信心せよと教えておられます。心配する心で信心せよと。実をいうたら心配じゃない。自分が生きておるのじゃない生かされておるのだ。
 だから生かされてあるその力に心からの御礼が申し上げられる時。神様の御守り神様の御守護を受けてあるのだと言う事が分る時に、生れてくるのが安心なんだけれども、それが実際にわかってない。それが人間普通の姿、だろうとこう思う。心配になる。経済のことが心配になる。体のことが心配になる。そこでその心配する心で信心せよと。心配する心で信心せよと言う事は、心配する心で一生懸命神様にお縋りせよ。心配する心で一生懸命で修行させて頂けと言う事である。
 不思議に神様に一生懸命お縋りさせて貰うと、その心配が不安が段々薄らいでくる。不思議なくらいです。心配する心で神様へ打向かうと神様は心配を吸収して下さるかの様に心配がだんだん薄らいでくる。今日は今日、明日は明日。今日もこうしておかげを受けたんだから、明日は明日で又神様の守りを受けていくこと。まあ心配せんで休ませて頂こうという。心配のない不安のない思いで休ませてもらう。そこに翌る朝の有り難いお目ざましが約束される。
 今日もお生かしのおかげを頂かして頂いたとして御礼を申し上げることになる。昨日は中島の上滝さんの所からもう十時過ぎでしたでしょうかしら、前の日に参ってきてその事をお届けしてあったそうですから、私は着替えもせずそのまま待っておった。十時になっても来ん。十時過ぎにまわった所で一家中でやって参りました。お祖母ちゃんを始め、上滝さん、泉さん夫婦に子供達まで皆で合わせて六名、参って来た。それが亡くなった上滝さんからいえば、主人上滝勇さんが亡くなられて丁度満十九年になる。
そのお立ち日であると云うのである。今日主人の立ち日だから、まあいろいろお供え物なんか整えて、さあそれから御供え物それから玉串作りそれでお祭りを終わらせて頂いたところへ、丁度昨日土居の共励会でしたから、午後十一時頃だったでしょうか、皆さんどやどや帰って見えた。それであの大城の人ですから大城の共励会ですから、上滝さんが知り合いの人達ばかり、まあいうなら縁の深い人達ばかりが集まって後の御直会を頂かせて頂いて、信心の四方山話をさせて頂いたのですけど。
 お参りをして来てから上滝さんが、こういう風に本当に主人が亡くなりましてから丁度私の長男の嫁、この長男の嫁の年にわたしが後家になりました、とだからこげん若かったじゃろうかと自分でも思う。こういうまだ若さの中から、後家を通させて頂いてきた上滝さんが死んだときには、借金も随分ありました。病院に大変な金使っていますからね。それに借金は払わねばならん。子供達の手足も伸ばさねばならん。まあ学校には学校に行かせんならん。大学と皆それぞれ大学をおへましたです。
 泉さん達は高校出てすぐお父さんが就職して勤めておりました西鉄へ勤めました。後の子供達はそれぞれ大学へ通わせながら、もう本当に大変なことでございましたと、十九年の間けどまあおかげで子供達もそれぞれ職につき、それぞれに家内も貰い、孫達もこんなにして、長男には三人の孫まで出来て大変なことでしたけれども、私が体がこういう風に今病人ですがね何にも出来ません。かえって八十にならっしゃるばばしゃまの方が元気なくらいです。だからばばしゃまが言わば二人居るわけですね。
 そこで私申しました。本当につゆ子さんがしっかりやってくれるからいいですけれども、二人のばばしゃまば抱えてからあなたが大ごとじゃんねいうてから、自分だけが一生懸命やったごと言いよるけれども、さあそういう家庭に嫁にきた嫁は、いくらよかばばしゃまじゃってもばばしゃまが二人も居ってせにゃんならこげな気苦労のことはないです。ほんなごとつゆ子さんじゃけん出来るとよというて、まあ言うたことでしたけどね。子供達がおかげ頂いてみんな卒業しました。
 みんな孝行してくれました。まあお母さん生きっとるだけでもおかげよと言ってくれますから、気楽に休んどられますとこう言う。そういう取次させて頂いてお祭りの準備が出来ましたから簡単なお祭りの形をとらせて頂いて、神様にそのことの御礼を言わしてもらい只今から、十九年も経ちました御霊様に対して、初めてのお祭りといってよいくらいでしたね。自分は二十年とかん違いしとられたらしい仏教的に言うてですね。ですから二十年の式年祭と。
 昨日は田植えでおそくまで一家中の者が頑張って、そして来とるとですから、あれが十九年と思ったら来とらなかったかも知れん。けれども家も二十年二十年と思い込んどるもんだから、昨日はせめてという気持ちで一家中でやって来た。お供え物もしたりして、まあやって来たんだろうと思います。そしてそのことを神様にお願いさせて頂きよりましたらね。あの二見が浦ね二見が浦の夫婦岩というて、大きな岩と小さい岩とがあってそれに注連縄が張ってある。
 その注連縄がね小さい石に頭のところにぐるぐるまいているところを頂いた。はぁこの人は頭が重うして頭が重うしてという病気がある。重うしていけんのは、その十九年間、私が一人で頑張ったと思うておる。私が一人で子供達の手足はこれだけ伸ばせ、これだけ嫁を持たせ孫まで出来て、家を持たせる。もう大変な私一人が難儀であったと。そういう思いが、頭が重いのだと気が付いた。私はだから例えばその事の為には、上滝さんの御霊がどれだけ働いたかしれん。
 子供達の事でも家の事でも、それは難儀な困った時には必ず夢の中に上滝さんが現われなさったですね。そして指図するのですよ色々と、そう言う事は二十年の間には数限りなくあったけどですね、結局神様のおかげなしには出来る事じゃない。御霊様の働きを頂かなければ、そういう借金負うてしかも相当教養のあるものを受けさせて頂いて今日あーいう立派な家を建てたり、現在楽な暮らしの出来る事は普通からなら考えられない事。大の男が揃うておっても生活が立てかねておるというのが普通じゃないか。
 それをこれだけの事が出来て行きよると言う事はです、二、三年前にはあんな立派な普請までさせて頂いたのですから、只事ではない。本当に神様のおかげを頂いておればこそ御霊様の働きがそのようにしておったのを、私一人が如何にも一人で頑張ってきたその思い方が間違とったと気が付いたら、あんたの頭の痛かったのはすぐよくなるばいと私が申しました。未だわかったごとある風じゃなかった。そげん言いなさったちゃ私一人が苦労したと云った様な感じでしたけどね。
 けど信心はここがわかることなんですよ。そう言う床が本当いうたら、我無力なのです。只この手を動かして貰ったのである。足を動かせて貰ったのであると。云うなら頭を使わせて貰ったのであり、商売をさせて頂いたのであり、百姓させて頂いて来たのだ。その証拠には子供の手足が伸んで家内やら妻帯させて頂く時までは、健康のおかげを頂いてきた。だからそれが本当に実感として、本当にお父さんあなたの御霊ながらの働きのおかげで今日子供達がこの様に、手足が伸びました。
 この様なおかげを頂きましたという心あらば、おかげになると私はそう確信しとる。上滝さんそのことは今日ようと思うてみにゃいけんよと、頭が痛いのは小さか方の石、夫婦岩の大きい方が主人こちらの方が家内でしょう。その注連縄が張り巡らされるのではなくて、自分の方の頭の方だけこうやってまいとる、注連縄を。注連縄と言う事は一生懸命ということですよね。注連縄と言う事は、例えばお相撲さんがこう注連を張りますねあれは云わば投げ殺されても土俵上のことですよね。
 投げ殺されても文句はいいませんという程しの一生懸命のあれはものらしいですね。だから注連縄と言う事はその様に一生懸命なのですね。だからその一生懸命のものと云うことは、いよいよ自分が、障子一重がままにならぬ人の身と言う事が分ったら、そこに一心を立てなければおられなくなってくる。神様に一心を立ててお願いすると言う事は、もうあなたの前には無条件なんだと言う事である。
 両手を上げると言う事。あなたが今命を取りなさろうが助けて下さろうが、右向けとおっしゃれば右向きましょう。左向けとおっしゃれば左向きましょう。言うなら丁度ピストルを突き付けられておる様なものなんだ。それが注連縄張った姿なんだ。いわゆる神様の前に無条件降伏をすることは、いわゆる唄の文句じゃないけれども、命を差し上げますという事なんである。いわゆる一切合切をすべてを神様へ委ね任せること。それはこの生命までもお任せすると言う事。
 ここに至るとき、始めて障子一重がままならぬ人の身である事が分った人の姿である。けれども、私共の場合は分っておる様であってわかっていない、そこに心配する心で信心せよと言う事になってくる。不安でたまらん心配でたまらん。だから一生懸命神様へ一心を向けていかにゃならん。お縋りをするそれで尚且つ心配である。それでも修行をさせて貰い一生懸命お参りをさせて頂いて、改まらして頂くことの上にも願わして頂くことの上にも、今までの間違いがあったことのお詫びが繰り返されていくときに。
 自分で自分の体のように思うて自分の体を自分で言わば無理無体な勝手な使い方をした事のお詫びやらが心から出来て来る。そこからおかげが受けられる。お話しを聞けばわかるけどだから、昨日或る方にいうた事でしたけど、信じなさい。私を信じなさい。だからそげん幾ら云うても信じられない。けども信じよう、親先生を信じよう。親先生があげん言いなさるけん信じよう。その精進努力を一生懸命しなさい。疑いの心が出てきたらこう頭を打ち振りなさい。
 そして神様から頂く御教えをそのまま信じさせて下さい信じさせて下さいというて、祈って願って行くのだ。そこから信じる事が出来なくても、信じることと同じ様な働きが生れてくる。心配があってももうその心配を、神様に預けるつもりで一心にお縋りさせて頂くところから心配のない状態から安心の状態と同じ様なおかげが受けられるようになる。だからその事に本気で精進しなければいけない。
 そして体験を積んだ上にも積み、教えを頂かして頂きよる内にです、ほんとに目が覚めたら今日もお生かしのおかげを頂かして貰ったとして御礼が言えれる様な、素晴らしい生活が出来る約束が出来る。「障子一重がままならぬ人の身」だから縋らなければおられない信心をさせて頂くその姿勢というか、そういう事を一通りわからせて頂いてそういういうなら素晴らしい我、無力であると言う事を悟らして貰い、「障子一重がままならぬ人の身」である事実をです様々な場合に体験させて貰って。
 成程神様のおかげ頂かなければ此処一寸動けないのだと、これ一つ持たせて頂くことでも神様から持たせて頂くのだとわかる時、そのことに対する御礼のことが神恩奉謝の心、いわゆる神恩奉謝の生活、そこに人間の幸せが約束される。不健康な者は健康になるだろう。経済に不如意なものは、意のままになる程しのおかげになってくるだろう。今日私或る方の事をお願いさせて貰いよったらね、柔道着を着けとる。ところがよくよく見るとその柔道着というのがね。
 皆さんが着とんなさる簡単服のような生地で薄い生地じゃ。引っ張ったら破りょうという感じ、帯だけはしっかりこうしてある。だから本当にどちらの方へ引っ張られてもですね、いわゆる柔道の稽古というものは柔道着を掴まえてから投げたり転がしたりするわけでしょう。それがですね薄いと着とったんじゃ、破れてしまうて稽古が稽古にならん。次に剣道の稽古をさせて頂くのが綺麗に剣道の道具を着けてしているのですけど、面と云うですかあれをこうやって小脇に抱えているところを頂いた。
 だからやはり面を着けなければ叩かれて痛い。本気でその気になって一生懸命稽古するとあーいう勢いで木刀で打ち下されても痛さを感じない。あのような勢いで柔道の例えば投げられたり跳ねられたりするけれども、怪我しない。それは一生懸命だからなんです。一生懸命にならないと叩かれて痛い。ホケのごとしとる時に投げられたら必ず、腰の骨折ったりするじゃろうと思うね、柔道の事でホケのごとしとるときに投げたら、けどもこちらが一生懸命であるから怪我もしないわけなんです。
 だから信心の姿勢というものは、そういう姿勢を作ってそして本気で、障子一重がままならぬ人の身だなぁ、今までは自分の才覚、自分の智恵で出来るように思ったのは、これは思い違いであったことと気付かせてもろうてこれから何をさせて頂くにも、神様させて下さい、させて頂きますと云うていく生活が始められる訳であります。そこから下駄一足の上にでも、靴一足の上にでも自分が靴自分が履くごたる思いで、おったけれどもやはりそうではない。
 靴にでも合掌せねばおられない、履いて終ったならばその靴なら靴に御礼を申し上げねばおられない気が出来てくる。もうすべてが御礼を申し上げる対象になっていくということなんです。信心生活とはそういう生活だと思う。今朝の御理解じゃないですけれども、私が、私がやろうと思いよるから頭が痛くなる。私がしよる。俺がおらなきゃ家はたたんと思うとる。そげな段じゃない。
 神様のおかげ頂いてしかも御霊様の働きを頂いたから今日のおかげがあるんだと気付かせて頂いて、悪いところは詫びり願うところは願うさして頂いたらすぐにでも頭の痛いのはおかげ頂くよと申しましたけど、これは上滝さんだけのことじゃない、私どもでも同じ事。自分の上にだけに私が頑張っとると言う様な考え方は一番間違っとる考え方。許されてこうやってあるんだと言う事。
 許されてこうやって御用をさせて頂いておるんだと言う事。ここん所が私は信心の稽古をさせて頂く願目でなからねばならないと同時にです、ここの所を頂く為にお互い信心の修行としてもよいと言う事であります。本気で障子一重がままならぬ人の身であることを本当にそうだなぁとわからせて頂くところから所謂よい信心が生まれて参りましょう。
   どうぞ。